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東京高等裁判所 昭和42年(行ス)11号 決定

抗告人(被申立人) 東京入国管理事務所主任審査官

相手方(申立人) 白順玉 外二名

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

本件即時抗告の趣旨および理由は別紙の通りである。

当裁判所も原審と同様に相手方の執行停止申請を相当と認めるものであつて、その理由は次の通り付加するほか、原決定の説示する通りであるから、これをここに引用する。(但し、原判決三枚目、記録一六三丁表一〇行目「梁京賢」の後に「ならびに梁京純」を加え、原判決五枚目、記録一六五丁―表一〇行目の「圧例的」を「圧倒的」と訂正する)。

なるほど疏乙第一四ないし乙第一六号証によれば、相手方白順玉の急性肝炎および低色素性貧血症はほぼ治療したものと判断されるが、ノイローゼ症状は依然継続し、収容送還を執行すれば、これが悪化することは容易に推察される。そればかりでなく、本案訴訟の確定まではなお相当の日時を要するものと考えられるところ、それに先立ち収容送還を執行するとなれば、従来夫婦親子そろつて睦じく生活していたのに、これを引きさくこととなり、相手方梁京愛が八才、相手方梁京賢が五才また、梁京純が一才の幼児であることを考えるとその精神面に与える悪影響は甚大なものであろうし、又相手方白順玉についても夫との間をさかれ、そのノイローゼ症状の故に夫婦関係の破壊を招来するおそれが充分に考えられる。

なお抗告人は少くとも収容処分の執行はこれを停止すべきでないと主張する。もとより抗告人の勝訴の場合に備えて、相手方の身柄を確保する必要はあるであろうし、又収容処分を執行しても、終始相手方を拘禁するとは限らず、抗告人において状勢に応じ仮放免などの弾力的な措置を実施しうるであろう。然し、収容処分は不法入国者を国外に送還するまでの間に逃亡を防止し、その身柄を確保するための附随的暫定的処分であることに留意しなければならない。相手方白順玉の場合逃亡のおそれが絶無とは言い切れないにしても、前認定の通り、同女が日本永住資格を有する梁吉守を夫とし、その間に儲けた乳幼児三人と共に円満に生活して来ており、その家庭生活に大きな愛着を抱いていること、不法入国の件を除いて、同女は在日中犯罪を犯したことなく、又我国にとつて好ましくない行動をとつたという証拠もなく、通常の一主婦として暮して来たところ、長女の就学に当り母が不法入国者では支障があるので、日本永住の特別許可を得るため、自首したものであつて、これらの事情に照らすと、相手方白順玉が逃亡するおそれは極めて少ないものと考えざるを得ない。してみると、本件は弾力的な行政の作用を俟つまでもなく、収容処分の執行を停止すべき事例に属すると言えよう。

以上の次第で本件即時抗告は理由がないのでこれを棄却することとし、主文の通り決定した。

(裁判官 室伏壮一郎 園部秀信 森綱郎)

(別紙)

抗告の趣旨

(主たる申立て)

原決定は、これを取り消す。

相手方らの本件各退去強制令書発付処分の執行停止の申立ては、いずれもこれを却下する。

申立費用は、第一、二審ともこれを相手方らの負担とする。

(予備的申立て)

原決定を次のとおり変更する。

抗告人が相手方らに対してなした昭和四二年五月九日附第一五九号、第一六〇号、第一六一号退去強制令書に基づく執行は、その各送還部分にかぎり、東京地方裁判所昭和四二年(行ウ)第一二一号退去強制令書発付処分取消訴訟の判決の確定に至るまで、これを停止する。

申立費用は、第一、二審を通じてこれを二分し、その一を抗告人の負担とし、その余を相手方らの負担とする。

申立の理由

一 相手方らの本件執行停止の申立ては、すべて、本案につき理由がなく、また執行停止の必要性も認められないから失当として却下されるべきであるが、この点については、抗告人が意見書(別添)二頁から九頁九行目までにおいて述べたところであるから、これをここに引用する。

二 原決定が本件各処分につき、とりわけその収容部分についてもその執行を停止した理由は、相手方白順玉の病状について考慮したのであろう。

しかし、かりに右一の抗告人の主張が認められないとしても、以下に述べるとおり相手方白順玉の病状から本件処分のうち各収容についてまでもその執行を停止する緊急の必要性は認め難いのである。

(イ) 相手方白順玉の急性肝炎ならびに低色素性貧血症は、昭和四二年九月九日本木病院を退院する際、すでに治癒し、通院治療も必要としない状態になつていて、右の各疾病は、現実の収容に耐えうる程度に回復している(疏乙第一四、一五号証)。また、相手方白順玉のノイローゼ症状は、右疾病に関する医学的所見と同人の自覚と齟齬することから診断されたものである(疏乙第一六、一七号証)。

ひるがえつて、同人のノイローゼは、いわゆる拘禁反応に類するものではない。けだし、同人は本件退去強制処分の執行として、これまでに収容された事実はなく、本件処分後継続して仮放免の措置を受けてきたことから明らかなとおりである。したがつて、同人が本件処分を受けるに当つてその審査手続から退去強制処分を苦にして神経的に異常をきたしたとしても、それは自己が不法入国者であるためにいずれは日本国から退去を強制される身分にありこれが現実化したことについての不安からくるもので、このことは、かりに本件処分の執行が停止されたとしても、それが一時的、仮定的なものである以上、同人がこれによつて日本国から退去を強制されることがなくなつたものと誤解しない限り、払拭しえない筋合いである。もとより、執行停止によつて一時的に、収容されることがなくなつた場合には、収容されることによつて受ける苦痛は避けうるであろうが、この収容による苦痛ないし損害が、相手方らにとつて回復の困難な損害であつて、これを避けるために、本件処分のうち収容部分についてまでの執行停止を要する緊急の必要性があるかどうかは、次に述べる不法入国者に対する出入国管理行政の公益性との比較において判断されなければならないのである。

(ロ) 出入国管理行政のうえで、不法入国者をわが国から退去せしめるのは、領土の広狭、人口の多寡、犯罪および各種牒報等の諸種の政治的、経済的、社会的要因に基づく配慮によつてわが国の全体的秩序を維持しようとするところにある。したがつて、わが国に外国人の不法入国者の在ること自体が出入国管理上看過しえないことなのである。言い換えれば、不法入国者である者は、出入国管理行政の基本的秩序を破壊したものであるから、出入国管理行政上、わが国に在留することが不適当とされたのであつて、本来、正規にわが国に在留を認められた外国人あるいはわが国民と同等に取り扱われるべきものではないのである。もとより、行政処分についての執行停止の制度が認められている以上、例外的に右の取り扱いに変更を及ぼす場合があることは当然であるが、不法入国の事実が明らかである場合には、これが争われている場合と異つて、それ相当の理由がある場合でなければ退去強制の処分の執行は停止されるべきでないのである。しかして、右の相当性は、送還行為の結果についてはともかくとして、少なくとも収容のような一応の隔離措置については、余程のことがないかぎり認められるべきものではないのである。

(ハ) 右に述べたところと対比して、相手方らに対する本件処分のうち収容部分についての執行停止の必要性について具体的に検討すれば次のとおりである。

(1) 相手方らは、本件収容によつて夫であり父である梁吉守と離別せざるをえないこととなるが、相手方白順玉が梁吉守と婚姻したのは、不法入国によつて、いつ何時わが国から退去を強制されるかもしれない状態においてである。もしこのような家族関係に配慮を及ぼした結果、本件の収容についてまでもその執行が停止されるに至つては、不法入国者は、入国後婚姻関係をもてばすべて収容すら免れる結果とならざるをえなくなる。しかしこの結果が不合理であることは多言を要しないであろう。

(2) 相手方らについては、これまで仮放免の措置がとられてきたことからも分るとおり、相手方らの収容に客観的な支障がある限り仮放免が継続されるのであり、右支障が消滅し一旦収容した後でも、必要に応じて再度仮放免の措置をとることとし、収容によつて相手方らに不測の事態を惹き起すことのないよう十分配慮をしながらその身柄の確保(出入国管理令第五四、五五条参照)に努めているのである。ところが、ひと度本件収容がその執行を停止された場合には、相手方らは全く無制限に生活、行動することができることとなり、かような事態のまま本案判決確定に至るまで相当長期間放置することは、執行停止決定により事実上の在留を認めたのと同じ結果を招来し、場合によつては、所在不明(因みに、昭和四一年一月一日から昭和四二年九月三〇日までの間に東京入国管理事務所管内で追跡調査が可能な仮放免中の者の所在不明者でさえ三七名にのぼる。―疏乙第一八号証)となり、本案判決が抗告人の勝訴に確定しても本件処分の執行が不能となるおそれも否定しえないわけである。

尤も、本件処分のうち送還部分の執行が停止されている場合には、当面退去を強制されることがないため、同時に収容の必要を疑わしめる(出入国管理令第五二条第五項)かのようであるが、たとえ近々に送還時期が到来しないとしても右の目的との関係で収容の必要性を否定しうるものでないばかりか収容自体には、前記(ロ)で述べたとおり、わが国の全体的秩序のために不法入国者をわが国の社会生活から可能なかぎり排除しようとする目的をも有するのであるから、この意味で相手方らの収容の必要性を否定することはできないのである。

(3) 執行停止の制度には、反面事情変更による執行停止の取消しの制度が設けられている。しかし、すでに屡々述べたとおり、不法入国者の強制収容には、わが国の全体的秩序に基因する目的があり、仮放免によれば法的に身柄を確保することによつて暫定的にこの目的にそう措置が可能であるが、執行停止による放免にあつては、その間は全く放任状態となり行政上の公的義務を果しえない結果となる。したがつて、不法入国者の収容処分は、事情変更による取消しの制度によつてまかないうる性格のものではないのである。こうした点について、原決定は、不法入国者をどうするかということについての大局的配慮を欠いているのである。

三 相手方らは、原審においてわが国と朝鮮との歴史的な関係について述べ、韓国人と他の外国人を同等に取り扱うことの不合理性を主張されているが、韓国はすでに独立国として国際的に確固たる地位を有し、日韓条約締結後は、右の歴史的関係を十分考慮した同条約によつて韓国人の法的地位が確立されているのである。したがつて、右条約によつて利益を享受しえない不法入国者について、更に右の歴史的、特殊的配慮を及ぼさなければならない社会的理由はないのである。即ち、右条約によつて利益を受けうる者以外は、他の外国人一般と同様に取り扱われるのが当然といわなければならないのである。

以上のとおりであるから、少くとも相手方らの収容(護送を含む。)の執行は停止されるべきではなく、この限度で原決定は変更されるべきものと考える。

以上、わが国をして不法入国者のための天国たらしめるが如き原決定は、わが国の出入国管理行政秩序を無視しわが国の法秩序の利益につき配慮していないと思われるので抗告に及ぶ次第である。

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